December 2011
ポール・オースター『孤独の発明』(柴田元幸 訳) - つれづれ (via ginzuna)
■ すごく理解できる感覚。
(via arcadia-art-t)
ものすごい陳述の上手さ。金で幸せは買えないが不幸にならない部位のほとんどは買えるっていう話はよく耳にするが、この陳述とその一般論の間にあるものの通りに登場人物を動かせばそれで良質の文芸が成り立ち、神も暇しないだろう。 (via toukubo)
素晴らしい!!
イオンに流れてそうです^^
” —クリスマス・イブ / 山下達郎 Christmas Eve / norisansan50.wmv - YouTube (via hakuchi)
イオン絶賛メソッド
to:
同感飲み会でたくさん物を言った後に気分が悪くなる。文を書いた後に気分が悪くなる。これは嘘をついたためなのではないか、本当ではないことを言ったためなのではないか、言ったことと考えてることがずれているためなのではないか。相手に合わせて適当なことを言う。文を書く力に運ばれて思っていないことを書く。書いた文を読み、言った言葉を思いだし嫌な人だと思う。もっと良い簡単な文があると思う。読み返しても嫌な気持ちにならない素朴な文が。ただ、考えが伝われば嘘をつかなくていい。
大沢さんは「あくまで敵情視察。買わないけれど」と前置きしながら、ブックオフによく足を運ぶと明かします。そこでは書店と異なり、作家別に本が並べられており買いやすい、また、劇場映画などと連動した特集コーナーも出版社の枠組みを超えて自由に展開されていると指摘します。「でもそこで自分の本が売れても嬉しくないんです」と真顔で語り、出版業界関係者が多い会場からは苦笑が漏れていました。” —ブックフェア2011リポート 「電子書籍はハードボイルドなミライを迎えるか」 « 電子書籍のニュース、レビュー、アプリ紹介サイト ダ・ヴィンチ電子部 (via otsune)
確かに衝撃的。ロックだ。骨太なロックだ。http://www.qetic.jp/blog/pbr/?p=1502
超スゲェ楽になれる方法を知りたいか? 誰でも幸せに生きる方法のヒントだ もっと力を抜いて楽になるんだ。 苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。
この世は空しいモンだ、 痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。 この世は変わり行くモンだ。 苦を楽に変える事だって出来る。 汚れることもありゃ背負い込む事だってある だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。
この世がどれだけいい加減か分ったか? 苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。
見えてるものにこだわるな。 聞こえるものにしがみつくな。
味や香りなんて人それぞれだろ? 何のアテにもなりゃしない。
揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。 それが『無』ってやつさ。 生きてりゃ色々あるさ。 辛いモノを見ないようにするのは難しい。 でも、そんなもんその場に置いていけよ。
先の事は誰にも見えねぇ。 無理して照らそうとしなくていいのさ。 見えない事を愉しめばいいだろ。 それが生きてる実感ってヤツなんだよ。 正しく生きるのは確かに難しいかもな。 でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。
菩薩として生きるコツがあるんだ、苦しんで生きる必要なんてねえよ。 愉しんで生きる菩薩になれよ。 全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな 適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。
勘違いするなよ。 非情になれって言ってるんじゃねえ。 夢や空想や慈悲の心を忘れるな、 それができりゃ涅槃はどこにだってある。
生き方は何も変わらねえ、ただ受け止め方が変わるのさ。 心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。
この般若を覚えとけ。短い言葉だ。
意味なんて知らなくていい、細けぇことはいいんだよ。 苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。 嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、そういうモンなのさ。 今までの前置きは全部忘れても良いぜ。 でも、これだけは覚えとけ。
気が向いたら呟いてみろ。 心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。
いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?
『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』 『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』
心配すんな。大丈夫だ。
大学の卒業研究で、リハビリ用の歩行訓練器を研究していたのですが、患者さんのモチベーションをどのようにして向上させるかということを調べていました。
結局はゲーム的な要素を取り入れてリハビリを楽しくすることにしたのですが、個人レベルではなかなか楽しめるゲームを作ることができずに苦労しました。
そんな中でお爺ちゃんたちにヒットしたのが、歩いた距離に比例して女の子が脱いでいく、いわゆる脱衣ゲームです。
そんなもの研究発表できるわけもなく、現場で遊んでもらって
終わりになったのですが、男っていくつになっても男なんですねぇ。
本能に訴えるエロは、ゲームの報酬として分かりやすいのですが、同じコンテンツでは飽きてしまうので、長続きしないような気がします。
これに対して最近のソーシャル系のゲームは、友人などの他者からの承認などが報酬になっているように思います。
まるでマズローのピラミッドの上と下ですね。” —未読メール「ゲームと社会設計」2011年11月27日(日) (文化系トークラジオ Life)
「ラピュタは中高年にとっての忠臣蔵みたいなもんなのよ」という嫁の意見には同意せざるを得ない
” —Twitter / @aki_kuwa (via toronei)